アーカイブ| 伊藤建築設計事務所 半世紀の歩みとこれから
建築画報
- 372号(2017年9月)
- 326号(2007年11月)
- 264号(1997年8月)
- 234号(1992年12月)
- 197号(1987年4月)
- 165号(1982年11月)
- 107号(1976年9月)
建築と社会
代表取締役社長
小田義彦
弊社は、今年12月1日で創立50周年を迎えます。1967年の創業以来、数々の社会変動と自然災害による建築生産に関わる度重なる変化に翻弄されつつも、健全な状態で今日に至りました。このたび、創立50周年の記念特集号として、直近の10年の主たる建築作品の発表と事務所の半世紀の歩みを振り返る機会を得ました。これもひとえに、多くの建築主のご支援、建築関係者のご協力と、建築画報社のご厚意によるものと、本稿を借りて厚く御礼申し上げます。
弊社は、建築家伊藤鑛一(1900~1987)が1967年12月1日に、日建設計工務株式会社(現 株式会社日建設計)からの9名の同志とともに創業いたしました。当時の中部財界のご支援を得、とくに「名古屋の財界五摂家」(東海銀行(当時)・松坂屋(当時)・中部電力・東邦瓦斯・名古屋鉄道)に主要株主になっていただき名古屋の地に設計事務所を創業、翌1968年には東京事務所を開設いたしました。発足時より、地方にあっても全国へ発信する専業の建築設計事務所を標榜し、構造・設備技術者をも擁する総合建築設計事務所としての陣容を整えてまいりました。形態は「株式会社」ですが、所属する個々人は、伝統的に今で申せば公益社団法人日本建築家協会の「建築家憲章及び倫理規定・行動規範」に則り、建築主や施工会社に対してはもとより、建築家相互、協同者、社会に対する職責において、建築家としての揺るがぬ姿勢の堅持を心がけてまいりました。
現在の役職員70名のそれぞれは、本社・名古屋事務所・エルイー創造研究室・東京事務所のいずれかに所属していますが、プロジェクトごとに組まれるチームはその所属に関わりなく最良のかたちで編成され、構造・設備・積算・監理・ランドスケープデザインなどの専門技術者(Engineer)と、それらを統括する建築家(Architect)がひとつのチームを構成するかたちは、創業以来守られています。新築・増築以外にも、「ものを永く大事に、賢く使う」という、創業の地 名古屋の土地柄もあったのでしょうか、設計監理を手がけた建物に関する竣工後の維持・管理運営支援も業務の大きな柱のひとつとなりました。その内容は、長期保全計画に基づく、最新技術による内外装改修、設備機器と配管更新、機能回復、バリアフリー化、OA機器の多様化による通信・電源・セキュリティの強化や耐震診断・補強など多岐に亘り、社会環境やライフスタイルの変化に合わせた機能性向上や、用途変更をも含むサスティナブルな建物の再生と活性化を、建築主とともに追求してまいりました。一方、業務の一環として、AM(アセット)、PM(プロパティ)、CM(コンストラクション)、FM(ファシリティ)など、建設に関するさまざまなマネジメント業務にも取り組んでいます。2014年10月には、株式会社エルイー創造研究所(1985年創業のまちづくりコンサルタントを主業務とする関連会社)を合併し、構想・企画段階から設計中・工事中・竣工後に亘る各段階でのワークショップや諸調査業務にも、幅広く社内で対応できる体制を整えました。また、品質確保と環境に関する建築主への決意の証として、2001年から取り組んでまいりましたISO9001・14001は、設計監理技術のボトムアップと業務の効率化に効果を発揮するとともに、建築主との相互理解の深化と満足度向上分析に役立てています。私たちは、個々人の広範囲な技術力と豊かな想像力の研鑽が、チームの力、組織の力に結集され、その結果、建築主のさまざまなニーズにもお応えすることこそが、その職能を通じて社会に貢献する唯一の道だと考えています。
建築界の現状は、2005年の構造計算偽装事件に始まり、最近では免震ゴムの認定不正、既製杭データ改竄、東京五輪関連施設決定に至る不信、豊洲市場の土壌汚染問題など、建設関係者に対する社会的信頼の失墜をもたらす事件が発生しています。これらの事件は、結果的にプロジェクトを推進する上での法的諸手続きと責任の厳格化、それに起因する建築確認申請関連業務および工事監理業務における作業量の増大と審査期間の長期化という、私たち設計監理者のみならず建築主にとっても重大な影響をもたらしました。建築家、医者、弁護士など、資格が業務独占につながる職業には大きな社会的役割と責任が課せられていますが、その責任の重さと業務の質に見合った報酬の担保という切実な課題の克服なくては、若くて優秀な人材を設計の分野に確保することが難しくなります。一方、設計事務所も、設計手法と領域・サービスの見直しなどさまざまな改善と研鑽を積み重ねていく改革が必要で、それらができて初めて私たちはその職能を通じて、建築主と社会に継続して貢献することができると考えます。
「建築」には建築主の存在が不可欠で、私たち建築家は建築主を支援するために生まれた職業です。建築の設計監理の専門家として、主役である建築主のよき協力者、よき支援者であるべきで、建築主と建築家はそれぞれの役割を踏まえて理想の建築を完成させるために、お互いを信頼し敬意を払うべき間柄でありたいとの「願い」を、創業以来持ち続けています。「建築」は、安全、快適、持続可能で、いつまでも美しくあらねばなりませんが、周りの環境や景観に対しても同様の配慮が必要です。「建築」は、「都市・環境」と同様に次の世代を育むもので、「建築デザイン」は形や色といった狭義なものではなく、材料・構造・設備に関する技術と経験に裏づけられた空間創造に時間軸をプラスした広義のものでなくてはなりません。「建築家」は自らの職能を通して、この考えを深め実践する責任を負っています。
私たちはこれからもより一層、個々人の多様な能力を深め、チームと組織全体の結束・連携力を磨くことで、建築主とともに、都市・環境と建築に関わるさまざまな課題と取り組んでまいりたいと考えています。