アーカイブ| 伊藤建築設計事務所の明日を展望して
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建築と社会
ハードだけの技術者集団にならないために・・・
柳澤 忠 / 鋤納 忠治
楽しい建築を表現した新文化会館コンペ応募案
柳澤:名城地区のコンペは惜しかったですね(1987年、愛知県が「新文化会館」建設のために行ったコンペ)。もう審査結果が公表されましたので、少し話をしても構わないと思うんですが、惜しくも優秀作品となった4案のなかで、最優秀の日建設計案と最後まで激しく競い合ったのが、実は伊藤建築設計事務所案だったんです。実質的には2位といえる。もちろん、私も、どこのグループが提出した作品かは、審査が終わったあとでわかったわけですが、私自身は2位のほうにある種のスピリットを感じていた。
鋤納:お褒めにあずかって恐縮です。ご存知のように、現在の愛知県文化会館は全国コンペだったんですが、確か私が大学3年のときでした。それが、私にとって、コンペとの初めての出会いであったわけです。
柳澤:図書館と美術館と音楽中心のホールという3つが一緒になった建物ですね。当時、全国的にかなり注目されたコンペで、小坂さんという方の案が1等になった。こんど、いろいろな事情から建て替えられることになったけれど、うれしいことは、とても大切に使われていて、いまでもちっとも古ぼけていない。
鋤納:私が就職して名古屋へ来ましてから、その文化会館に30余年来親しんできたわけですが、それが今度建て替えられることになって、しかもコンペになるということで、これは何としてでも応募をしなければならないと考えたわけです。コンペが栄地区と名城地区の2つに分かれまして、われわれの事務所でこれに応募するのは大変なことだったのですが、万難を排してでもやろうと・・・・・。時期が重なってもおりましたので、栄地区のほうは名古屋事務所で、名城地区については東京事務所で応募をしました。栄地区のほうは一次審査で落選しましたが、名城地区のほうでなんとか入選を果たすことができまして、まぁ何とか面目は保てたのではないかと思ってます。
私は、1位2位は非常に対照的な作品ではないだろうかと感じたんです。1位のほうは、どっちかというと機能優先というか、プランニング優先で、エレベーションも、入口ホールも、閲覧の広いスペースについても比較的まじめに押さえて設計している。非常に重厚で品のいいデザインだという講評が出ています。それはそれで大変確かな作品です。日建設計という大きな組織で、社会的にも信用を持たれている事務所の作品としてふさわしいもののようにも思いました。それに対して伊藤建築設計事務所の案は、非常に新鮮なデザインで、図書館にありがちな、何かまじめくさった堅さというのではなくて、入口のところがガラスの曲面になっていて、その前に広場がある。そこからアプローチするという、第一歩からやわらかいアプローチになっている。中に入って吹き抜けの空間があって、自然に空間が流れているような感じです。非常に図書館らしくてまじめで品のいい作品と、せっかくこれだけのコンペをやったんだから何かもう一味なくちゃいけないんじゃないかという気持とのせり合いだったような気がします。ただ、はっきりいってしまえば、図書館の専門のかたなどがご覧になってもっとも安定感のある、安心感のあるプランというのは、どうしても、日建のものであるという感じがしたんです。そこで審査員の意見が分かれたんだろうと思います。いずれにしろ、あれだけの仕事をまとめるのはかなり大変なことだったろうと思いますが、これが伊藤建築設計のコンペの中興の作品になるのではないかという気がします。
私どもの案の1つのポイントとしては、地下鉄が敷地をほぼ45度で斜めに横切っているものですから、それにとらわれる構造にするか、あるいはそれにとらわれないで、それはそれで架構を組んでやるかというところで、大きな岐路があったと思います。私どもでは、地下鉄の上に建物を建てた経験がいままでに割合たくさんあり、地下鉄を門型の架構を組んでカバーし、その上に建築構造体をつくった経験もあるものですから、今度も低層の建物でありますし、どうしても地下鉄の線路にとらわれておりますと図書館としてのプランが成り立ちにくいという判断かから、トンネルの両側にピアを降ろして、それに梁をかけた門型架構で建物を持たせるという構法に踏み切ったわけです。そのために割合すっきりした平面構成がとれたと思います。デザイン上の大きな特徴としては、建物の南と東の両方からの正面性を持たせようということで、正面の入口はガラス張りでカーブした、南、東両方に正面性があるような外観として、併せて建物の内部の機能をそれぞれ外観に表現したつもりです。玄関とかロビーはカーブしたガラスのところでやわらかく出して、閲覧室関係は少しデザインした窓で並べました。とくに、4階のホールの部分は、なかなか、まとまりのいいプランになっており、4階だけはちょっと違う扱いにしました。ですから、建物の外観で内部の機能がだいたい想像がつくようなデザインをとったのです。そいう点で、少しデザインの要素が多かったかと思います。楽しい建築というふうにおっしゃっていただいたのですが、そういう点はたしかに意図したところです。サンクンガーデンを設けて地下の閲覧室を楽しくしたり、管理部門なんかもかなり優遇したり、食堂なども楽しいものにしたつもりです。いずれにしろ、たくさんの応募案のなかで最後まで残って、かなり評価していただけたことは大変ありがたかったと思います。
柳澤:鋤納さんとしてはおっしゃりにくいかもしれませんが、たまたま、日建設計という元いらした事務所といまの事務所が1位、2位になったわけですよね。やっぱり、作品のまとめ方とか、作品に対する取り組み方とか、コンペに対する取り組み方とか、それなりにちょっとずつ味が違うと思うのですが、そのへんで何かお考えになることはありますか。
鋤納:確かに私どもの主要なメンバーはみんな日建設計にいたわけなんですが、伊藤建築設計事務所を創設してちょうど今年で20年になるわけですから、わたしには20年前までの日建しかわかりませんでの何ともいえませんが、根は日建設計にいたということで、多少の影響はあるかももしれませんね。しかし、日常業務における設計のまとめ方とか、取り組み方は違っていると思います。私の考えでは、設計というものは組織でできるものでもないし、また、するものでもない思っております。個人が集まってある集団で1つの設計をするのは間違いないのですが、その場合、個人の能力を最大限に生かさなければ、よりよい成果は得られないと思いますから。したがって私どもの事務所では、組織的な体制はつくっておりません。数人の幹部はパートナーとして、作品ごとに責任をもって担当します。そのもとで事務所の所員が仕事ごとにグループを組んでやっています。全体として渾然一体となってやっているようなかたちです。そして事務所全体としては、これだけの質は確保したい、しなければならない、という一定のレベルはあるわけで、20年間、その点だけは守ってきたつもりです。それと、私どもの事務所のクライアントには、継続的に仕事を出していただける先が多くて、その点は恵まれているわけですが、それだけに、信用を失うようなことは絶対にできません。また、たとえどんな些細な問題でも、問題があったときには、それに対して必ずお応えをするという立場をとっております。そういう点ではわりあいお得意先から信頼が得られているのではないかと思っております。こっちが一方的に思ってやっていることかもしれませんが・・・・・。
柳澤:いや、別に一方的ではないでしょう。私も伊藤建築設計事務所さんとは長いお付き合にがあるわけですが、一連の作品を見ていても、そういう事務所の精神はよくわかります。要するに駄作がないというか、一定レベル以上の作品しか出さないというか、とにかく品質保証がしっかりしているな、という感じがします。事務所によっては、世の中に非常に目立つ作品と、かなりスーッと流していくような作品と、使い分けておられるところがあるんじゃないかと思いますが、伊藤建築設計事務所さんの場合は、そういう発見がなかなかできない。粒が揃ったというか、流した作品がない設計事務所だなというイメージがあるんです。
コンペに対するゼネコンの姿勢には新鮮さがある
鋤納:少しコンペの話に戻りますが、最近、ゼネコンの設計部が活躍しているのを見て、いろいろいわれていますが、私の考えでは、いわゆる、われわれのようなかたちの設計事務所は、日常の業務のなかでは、与えられた仕事をいかに施主の希望に沿ったかたちで解決するか、設計するかというような立場で設計していると思うのです。ところが、コンペというのは、日常の設計業務とは違うところがありまして、相手の見えないニーズといいますか、設計上のポイントといいますか、そういうものをいかに把握し、アピールするとかいうようなかたちをとらねばならない。設計施工の仕事をとるためには、施主へのアピールのしかたというものがあると思うのですが、そういう設計は、そうも、ゼネコンの設計部のほうが日頃やりなれているのではないかとも思うのですが・・・・。
柳澤:これはなかなかむずかしいのですが、私がいまのお話に関連して考えるのは、いま、一流の設計事務所は指名コンペの機会はずいぶんあるんですね。ですから、それは相当トレーニングはしておられる。だけど、逆にいえば、少し、指名コンペでくたびれてマンネリになっているというか、指名コンペでだいたい相手がわかっていると、ざっとうまくまとめてーーーという傾向もあるんじゃないかと思うんです。建設会社は、それに対してはそういう機会が与えられなくて、むしろ、そういう公開コンペのときに非常に新鮮に取り組んでいるのではないでしょうか。今回、名城地区の図書館の場合には、設計事務所のほうがちょっとリードしたんですが、しかし、栄地区ではかなり建設会社のほうがリードしているんです。まだ詳細は発表されておりませんがーーー。それを見ながら考えたのは、どちらかというと、建設会社の設計部の作品のほうが、大プロジェクトなるがゆえの企画力というものを感じましたが、つくる喜びというか、それはわりと新鮮でしたね。ですから、やっぱり、設計事務所は頑張らなくちゃいけないなという感じがします。建設会社のかたに伺うと、設計事務所のかたがいわれるほど金と人手をフルにというのではなくて、それなりに、日常生活のなかで無理をしてやっているようにいわれますね。
鋤納:ゼネコンは人と金をつぎ込むということはよくいわれますが、私もその意見にはあまり賛成じゃないんです。確かにその差の違いは問題にならないくらいいの大きさでしょうが、栄地区の場合でも、大谷幸夫さんなんかはちゃんと優秀作品に入っておられますし、中建築設計事務所の広瀬一良さんなんかも佳作に入っておられます。だから、人と金ーーー物量で負けたとは私はいいたくはないですね。まあ、しかし、コンペというのは、どうしても取り組まなければならないことなんですが、大変なことではあります。今後、コンペのあり方というのがどういうふうになっていくかが問題ですね。ひと頃いわれたような擬似コンペというのが、最近はかなり少なくなってきたような傾向にあるのはいいことだと思います。
柳澤:審査態勢の問題ですね。
鋤納:そうですね。結局、審査を公表してもらうというこことに尽きると思うんです。公表されれば、応募した人たちは納得すると思うのですが、審査の内容が公表されないのが一番不満を感じますね。
柳澤:最近、審査風景を全部ジャーナリズムに公開したケースがあるでしょう。
鋤納:ありました。
柳澤:応募者が決死の覚悟でやってきているわけだから、審査員も決死の覚悟でやらなければならない。ただ、大変な量の図面と、いろいろな考え方を書いていただくわけですが、そこからできあがる空間を想像するというのは大変ですね。たとえば、サンクンガーデンをつくるとか、吹き抜けをつくるとか、チャームポイントをつくると、一方では、それがあると回り道になるというネガティブな評価がどうしても出てきちゃうんですね。そのチャームポイントをメリットと見ると、反対に、いろんな試みをしないほうが安心感があるという見方をする人もいる。特に建築系の審査員と、建築系でない審査員とで意見が分かれるのは、結局そのへんですね。そのへんの評価をどうするかというのは、実際に建物をつくりあげるところまで責任を持とうとする応募者と、それを評価する審査員との必死なディスカッションがなければいけないんですけどね。そこらへんが本当のコンペの限界ですね。特命で頼まれた仕事で、その建物をつくってもらいたい、しかし使っていくんだという人たちと、それに対してアイディアを出していく人たち(設計者)との真剣なやりとりというのが、コンペではいき違いになっちゃっている。コンペのときに十分に質疑応答の条件をつくる・・・・・それは事務局も大変な努力をしておられるし、審査員も非常に真面目に取り組んではいるわけですが、やっぱり、直接対話ができないもどかしさがある。私はコンペにはかなり懐疑的だったんです。要するに、あまりにももったいないという気持ちが少し強かったんですが、今回は、コンペでなければあれだけのものは出来ないだろうなという実感を持ちました。ただ、やっぱり、食い違いがちょっと残念でしたね。
鋤納:私なんかも、時にコンペというのに懐疑的な考え方を持つことが多いんですよ。ですが、建築というのは昔からコンペという制度がありますし、そういうかたちでエネルギーを消耗することも、時には必要じゃないだろうかって、あまり深く考えないことにしております。
別会社体制でCADや多様な業務に対応
柳澤:鋤納さんのところでは、2年ほど前に別会社を設立されていますが、これは、施主との対話というか、社会のニーズに応える対話の1つとして、CADというものをどんどん駆使していこうと考えてのことですか。
鋤納:設計のなかにコンピュータが入り込んでくることは避けられない方向だということから、それは、従来のスタイルの事務所のなかでやっていくだけでは対応しきれないのではないか、それのための独立した御術者集団を用意しなければダメだと思いまして、一応、別会社というかたちにしたんです。いまでも、企画ですとか、コンサルタント業務というのがずいぶんあるんですが、そういう業務に対応すると同時に、建物を建てて引き渡してしまったらそれでおしまいというのではなく、その建物のあとの使われ方とか維持管理などもすべて相談に乗らせていただこう、そんなようなことをその事務所でやっていこうと考えていきます。それと、コンピューターのソフトとかCADを開発していこうということも考えておりまして、当面、儲かる会社ではありませんが、片手間じゃなくて本気でそれをやっていく。将来は、独立してやっていければ、というふうに思っているわけですが、当面、開発しました透視図のソフトを、得意先の会社と提携しまして、そこで販売してもらったりしています。
柳澤:アメリカの設計事務所なんかではCADをずいぶん使い、日本の設計事務所だいぶ先をいっているように思うんです。大きく分けると2つの傾向がありまして、1つは、とくに設備の図面などが中心みたいですが、1色じゃなくて何色も使って非常にきれいな図面をどんどん自動的につくっておりますね。そういうところですと、事務所の中ではわりと奥のほうの部屋にそういう機械が置いてある。もう1つの傾向は、どっちかというと、設計事務所の中でも一番いい場所にコンピュータが据えられてあって、お客さんが応接間で帰されるのではなくて、自分のところで頼んだ作品がどういうふうにまとまっていくのかということを簡単に見せてもらえる。部屋別に、家具のレイアウトもやって見せてくれる。家具のレイアウトにしても、どういうバリエーションがあるのかをどんどん見せてもらう。それから、パースなんかも、もちろん日本でもできるようになっていますが、もっと多角的にいろんな角度から、たとえば外を車でスピードを出して走ったときに外観がどう変わって見えるかとか、そういう施主との対話を、いままではなかなか億劫でできなかった詳しいレベルまでじっくりとやってみるのにコンピュータの力を借りるということ、2つあるみたいですね。両方やっているところもある。たぶん、伊藤建築設計事務所としては、どちらかというと後者に力を入れていらっしゃるのではないか。意匠図をCADで書かせるという方向については、実施図面で詳細図をどういうふうに使っておられるのですか。
鋤納:まだ、実施図面の段階には至っておりませんが、計画の段階シミュレーションといいますか、いろんな角度から見た建物の形がすぐに出せるということで、模型よりも説得力があっていいのではないかと思っています。それと、どういう形にしたときに日影図がどういうふうになるのか、という答えがすぐ出せるということでは、どうしても、なくてはならない存在になっています。
柳澤:それから、もう1つ忘れてならないのが、インテリジェントビルですね。伊藤建築設計事務所でおやりになられた豊島ビルは、名古屋のインテリジェントビルの第1号だったわけですが、もともと、インテリジェントビルというのは、非常に地価が高くなってきて、もっと付加価値をつけて貸さないと仕事にならない、建物をつくっただけではあまり高く貸せない、もっといろんな設備をつけて、少人数で精鋭部隊が乗り込んでそのビルをうまく使えば多人数の組織と同じくらいの仕事ができる、ということを目指しているわけですね。そういうインテリジェントビルを考えていただくことと、さらに一歩進んでFM(ファシリティ・マネジメント)のことも考えていただきたい。インテリジェントビルというのは非常に技術的な側面が強いのですが、どういう目的でどういうふうに建物を活かしていくかということを考えていくような、そのへんに建築と設備と家具と組織だとか、組織の業務体制のあり方とか、物品管理だとか、情報管理だとか、そういうものを全部トータルにやる。トータルというと必ずやコンピュータが登場してくる。またアメリカの事務所の話になるんですが、むこうでは経済学者に入ってもらったりして、事務所のサービスのしかたがじりじりと変わりつつあるようですね。
鋤納:そうですね。要するに、設計事務所というのは、従来は単体を設計して施主に引き渡してしまえばそれでおしまいみたいなところがあったと思うんですが、まわりを見てみますと、エレベーターにしても、いろんな機械類にしても、全部、納めたものについてはメンテナンスがついて回っているわけです。金庫扉なんかにまでメンテナンスがついているということからすれば、設計事務所も、設計した建物については、あとの使い勝手、メンテナンス、そういったものに責任を持っていかなければならないと思います。また、設計事務所の経営的な面から考えますと、そいったサービスというのは全部無償で、それが営業みたいなかたちでいままではやってきているわけです。諺に、「ためた水は汲めば尽きるけれども、流れる水は細くても尽きることはない」というのがありますが、やはり、経営的な意味からいきますと、せっかく建てて引き渡した建物であれば、それをコンサルタントしていくことにおいて、多少ともフィーがいただければと思う。施主側とすればこれは経費として支払いができると思うんです。われわれも、その人件費ぐらいをいただければ、責任を持ったこともできるのではないかというふうに思いまして、いま、いくつかの施主からそういった契約をいただいております。最近はそういう点でずいぶん理解が得られるようになりました。やっぱり、設計し、監理し、引き渡してしまったらおしまいということでは、実際の建物の使われ方とか、次の設計の技術的なフィードバックにもなりません。本当は、建物のあとのことなんていうのは、施主のほうがずっと詳しかったりすることがありまして、そういう点は非常に勉強にもなります。ぜひ、そういうようなやり方を増やしていきたいなと思っております。
“設計”の周辺のソフト面を充実させることが大切
柳澤:いま、建設会社は、別会社とか、何とかサービスといったことにずいぶん力を入れておりますね。実際に施工したグループがあとのメンテナンスについて一番詳しいという感じで、そういう方向に建設会社が動こうとしている面がありますね。そのほかに、現在、建物の土地と切っても切れないし、土地の値段が上がってきているし、不動産管理の方向のサービスを、同じ組織か別の組織でやっていくという動きもありますね。それから、アメリカなんかだと、インテリジェントビルというのは、どうも、ハードよりソフトのほうがお金もかかるし、結局、ソフトに責任を持つ企業体がリーダーシップをとってしまっている。建築の設計とか施工というあたりはかなり下請け的というか、リーダーシップがとれなくなってきている傾向がありますね。そういうように、設計事務所の置かれている立場というのはかなり苦しくなってきております。ですから、設計事務所があとのメンテナンスまで見ていくというように考えられた場合に、設計事務所がリーダーシップをとり続ける専門性というか、そのへんを頑張っていただかないといけないなと思うんです。
鋤納:どうしても、これからはソフトのほうを考えないといけない。最近は、設計事務所というところはハードを注文するところだという考えになっているのではないでしょうか。ですから、いま先生がおっしゃったように、もう少しソフトを勉強しないと、完全なハードだけの業務になってしまうのではないかという危機感はありますね。
柳澤:たとえば、病院というのはいろんな業種の人がいるし、いろんな機械、先端技術がどんどん入ってくる。それでいて患者の居住性といった非常に人間くさいところもある。そういうところに対して設計組織の設計にたいする取り組み方というのは、かなり勉強しないとダメだと思うんです。
鋤納:そうでしょうね。
柳澤:結局、医療機械なんかがどんどん高価になってきますから、医療機械のメーカーなどが勉強して、自分の製品を売り込むあたりのソフトはどんどん代わってやってあげる。図面などもどんどん書いてきますし、建築家もちゃんと雇っています。そうすると、だんだん、トータルの設計者というのは、部分、部分をつくってもらうために並べていくみたいなことになる。完全にリーダーシップをとって、それらを傘下に治めて、その知恵も活用しながらきちっと並べていくだけの力があればいいのですが、うかうかしていると宙に浮いちゃうところがありますね。そのへんをどうやってリーダーシップをとっていくかとうのは大変むずかしい問題だと思います。
鋤納:大変むずかしいと思いますね。
柳澤:私は、大学にいる立場上、学生の就職の世話などもするわけですが、この頃、いい人材がなかなか設計事務所にいかないんです。設計事務所が本当にきちっと、毎年、求人広告を出してくれて、採用試験をちゃんとしてくれて、採ってくれるというケースが非常に少ないんです。今年は採るかどうかわかりませんという。そんなことをいっているうちに、大手建設会社で青田刈りみたいなところがありまして、いい人材を採っちゃう。そのうちには、実は建設会社ではなくて、いままで、われわれとしては馴染みの薄いソフトの会社とか広告会社とかが、優秀な人材をうまくキャッチするような感じがしないでもない。設計事務所は、自分たちの仲間をうまくキャッチしなくちゃいけない。
鋤納:たしかに、私どもの事務所も20年間やってきましたが、長く続いてやっていることは大事ですが、それだけでは能がないんで、毎年毎年向上していかなければならないと思っております。とはいうものの、いまおっしゃったように、設計事務所というのはたしかにむずかしい岐路に立たされていると思います。だけど、設計事務所のそれなりの存在価値というものが、一方では認められてきている面もなくはないと思います。ですから今度の新団体なんかにも実は大いに期待しているわけです。