ホーム > ライブラリー > 326号(2007年11月)>地域に生きる専門家集団

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地域に生きる専門家集団 ~伊藤建築設計事務所40周年に寄せて
谷口 元 名古屋大学教授、名古屋大学総長補佐
森口雅文 伊藤建築設計事務所 代表取締役社長

■40年の歩み

森口

私どもの事務所も40周年を迎えまして、それを役職員がただ喜ぶだけでなく、車の定期整備のように、あるインターバルで事務所のあり方を見直すことも必要ですから、この機会に40年という歴史を振り返ってみたいと思って谷口先生にお越しいただきました。
先生と初めてお会いしたのは1980年ですね。1978年に名古屋の建築関係の人たちを中心に名古屋大学の柳澤忠先生を団長に「最新の医療施設の運営管理と建築設備に関する訪米調査団」として訪米しました。そのときのメンバーが集まった勉強会で、当時柳澤研究室の助手をされていた谷口先生に「病棟計画について」の講演をしていただいたときが初対面でした。


谷口 私は1979年に海外の病院視察に行きまして、その報告を森口さんや柳澤先生ら参加メンバーの前で講演させていただいたわけです。当時の東海地域は、学会もJIAも活動が本格化しはじめた頃で、設計界の方々も大学の先生方もまだ若かったですから、みんな一緒にいろいろコミュニケーションをとりながらやっていったという状況でしたね。森口さんも名大に非常勤講師に来られてましたね。

森口

私は1981~1995年の14年間、名古屋大学に非常勤講師として奉職しました。最初の9年は「建築エレメント」(後に「構法計画」)という講義で、これは名古屋の建築家の大先輩で佐久間達二さんという方がおられますが、この方の後任をやれと言われてお引き受けしたという経緯があります。佐久間さんは名古屋高等工業学校(現:名古屋工業大学)のご出身で、現在の愛知県芸術文化センターの前身の愛知県文化講堂、これは日本でも割合初期のコンペの作品で、そのとき3等で入選された方です。


谷口

そうですね。私の学部時代、「建築エレメント」の講師は佐久間先生でした。


森口

1983年には、柳澤研究室のご指導で愛知県赤十字血液センターの設計監理を担当致しましたが、このときは柳澤先生と谷口先生には基本計画からご一緒させていただきました。それまでの血液センターは愛知県庁の近くの交通の便利な都心にあったんですが、新しいセンターの敷地は都心から離れた瀬戸ということで、敷地の広さは十分だったのでいろいろ新しい試みを提案し、郊外型の血液センターを実現させました。竣工後2度増築し、現在も全国的な血液製剤業務の集約化に対応するために、県域を越えたセンターの調査、企画の仕事をさせてもらっています。
1990年の一宮市立市民病院今伊勢分院に老人性認知症疾患治療病棟とデイケア施設を併設する設計監理も柳澤研究室の谷口先生に協力いただきました。この今伊勢分院は今度、併設した部分を中心に増改築して、それ以外の古い建物は全部取り壊して精神科の単科病院に変わります。私どもは土岐市の聖十字病院という精神病院を30年近く運営管理の支援をしてまいりましたので精神病院に関しては実績もあり、今伊勢にもその経験を活用できるものと思っています。


谷口

どうして一緒に今伊勢分院とか愛知県赤十字血液センターを設計させていただいたかというと、われわれには学術的な根拠づくりをするという役割があったということです。実際の設計をされる森口さんたちにヒントを与えられるような調査研究とか、特に今伊勢分院のときは、認知症病棟のデザインはどうあるべきかまだはっきりしていない頃で、基準はあってもまだ根拠が曖昧だったので、それを確かめるということで学と実務が一緒にやったわけですね。
市民病院なども、敷地選定までおつき合いすることがありますが、赤十字血液センターもそうですね。候補地についてみなさんと共に現地を見たりいろいろお話しすると、都心部の渋滞の激しいところから出動するよりは、カバーするエリアは愛知県全域ですから、中心部にある主要病院には小型の車でも運べるということで、あの場所を決めたのですね。



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