建設設計プロフェッションの確率をめざして

宮崎 秀樹 参議院議員・医学博士
鋤納 忠治 伊藤建築設計事務所 代表取締役会長

設計にもインフォームド・コンセントが重要

鋤納:
いま、先生は医療制度の抜本改正問題など、国会で大変活躍しておられますが、お医者さんというと誰にでもすぐわかる職業ですよね。先日、高名な弁護士の中坊公平さんが、欧米の3大プロフェッションというのは医師と弁護士と僧侶だと言っておられた。それらはすべて人の不幸に関わるという点で共通した職業であると。すると建築家というのは、あまり人のために役に立つプロフェッションでもないのかなと思うのですが。
宮崎:
いまの世の中でそんなことを思っている方はいないんじゃないですか。阪神・淡路の大震災が起きまして、構造物に対する関心が高まってきていますよね。私たちは国会という特殊な世界におりますが、震災復興の議論のなかで、環境問題と市街化・都市化の問題、住宅・居住の問題は特に重要で、これからお金をかけるべき所にはかけなくてはいけない、と思っております。ここに手を抜くと後で大変なことになる。それから既存の建物についても、マンションなど新しい共同住宅のあり方に皆さん関心を持つ様になった。災いを福に転ずる一つのきっかけになったと思いますね。
鋤納:
たしかに、意識のなかに地震に対する備えというのは着実にできました。WTOあたりでは、これからは建築の建て主も設計者も施工者もそれぞれの立場での責任を持たなければいけないと言っています。従来設計というのは建設省がつくった建築基準法を最低限、守って建てれば良いとされていた。ところが阪神・淡路大震災の時に、それでやってきた建物が壊れてしまった。じゃあ、いったいどこまで丈夫な家をつくったらいいのか。建築は経済行為でもありますから、建物の強さにランクづけをすることも必要になってくるでしょう。お医者さんの世界で言うインフォームド・コンセントみたいな事が建築の設計者にも必要になってきました。
宮崎:
そうですね。それと同時に、情報の開示等も必要になってきますね。われわれの世界もそうですし、役所もそうだし。すべてがそういう時代に入ってきたということでしょうね。
建築設計者の資格は

宮崎:
ところで、重要な問題として建築士の資格の国際化に関する問題もこれから考えなければいけないでしょう。我々医師の資格とよく似ていまして、私もこのあいだ国会で質問をしたのですが、資格の国際化を二国間ぐらいで免許証が通用するところから始めて、最終的には外国でも同じ資格で仕事ができる様なシステムにするのが望ましいと思います。当然、むこうから来る人もそれなりの資格で仕事ができる様にもしていかなければいけない。建築士の方々はどういうふうにお考えなんでしょうか。
鋤納:
実はそれがいま、大問題なんです。現在私は日本建築家協会の理事をやっておりまして、かねてより「建築家」という設計者の資格を国で認めてほしいということが悲願であったわけですが、それがなかなか難しいので、せめて建築の4団体の中で認定制度を確立したいとしています。その上で、はじめて国際化の問題に取り組めることになると考えています。現在日本では、昭和25年に制定された「建築士法」のもとで「1級建築士」という国家資格があり、これがあれば住宅から超高層ビルまで設計でも施工でも行政でも何でも出来ることになっているのです。
宮崎:
では、1級建築士というのはオールマイティだが、その中で設計者はスペシャリストとして理解されていないんでしょうか。
鋤納 :
はい。それが最大のネックで、今度建築士法の改正をやろうとしているんですが、先ず日本での建築家資格が確立されませんと、国際化の土俵にものぼれないのです。
宮崎:
医療の分野でも、医師免許証という一つの国家試験による資格があります。しかし、このほかに専門医制度ができまして、認定医制度というのがあるんです。私は外科の認定医なのですが、この資格を取るには、別に所要のカリキュラムを修得するなどの条件があり、細分化されてきています。建築士の世界も、これから更に細分化していくのではないですか。
鋤納:
はい。しかし、超高層のない頃に1級建築士というオールマイティな資格をつくったものですから、既得権益がありますので、その上に総合建築士とか、特級建築士とかいうのをつくりたいという議論が、何回も出ては消えしているんですが、なかなか難しい。
宮崎:
諸外国と内容が違うから、なかなかフィッティングしないわけですな。
鋤納:
いま、国際化で日本の建築家がアメリカやその他の外国で仕事をしようと思ったら、それぞれの国の建築家の資格が必要なんです。ところが日本の場合、外国人建築家が日本へ来て仕事をしようとした時、外国の建築家資格を持っていれば無条件で1級建築士の資格を与えることさえあります。どうも日本の国際化というのは、欧米のシステムに揃えるという考えが多いじゃないですか。私は、相互乗り入れでないと不公平だし、本当の国際化にはならないと思っています。ところがいま、国際的に建築家資格を定めようとする動きがあるなかで、日本の大学は4年制ですが、欧米では5年間の専門教育が必要という事になっている。こうなると教育制度の問題から変えていかなければならない。そんな事もあって、建築家資格問題は非常に複雑で難しい局面にあります。
宮崎:
ところで、PL法ができましたがどうですか。
鋤納:
我々にとって厳しい法規ですがこれからは設計者と施工者、および材料の供給者等、それぞれの責任を明確にしなければいけないと思います。ただ、建築というのは難しいもので以前アメリカのシカゴで、ガラス張りの超高層ビルのガラスが3分の1ぐらい割れた事があったんです。設計者と元請け会社、それにカーテンウォール(ガラス壁)の業者と施主(クライアント)で四つ巴の裁判合戦となりました。この場合、明確に誰の責任だというのは難しいでしょうね。アメリカは保険の先進国ですが、日本にも設計に瑕疵があった場合のために、建築家賠償責任保険というのができてもう何年か経ちます。これには私どもも入っております。
宮崎:
その分の負担は、施主へかかるわけですね。
鋤納:
いえ、それは個々の建築物についてかけるのではなく、設計事務所の仕事全体を対象に自主的に保険料を払って加入しております。
設計料入札は良くない

宮崎:
いま、建物全体の工事費用に対する設計料のパーセンテージというのは、大体決まっているんですか。
鋤納:
以前は旧建築家協会で料率を決めてやっていましたが、20数年前に独禁法で禁止されまして、その後は建設省が試算して作った、いわゆる「建設省告示1206号の通達」をもとにそれぞれの事務所で決めています。しかし、なかなか現実はその通りにいただけるわけでもありません。ところで最近、地方自治体で設計料の入札が流行り出しています。以前、先生は公共建築の設計入札なんておかしいじゃないかという事をおっしゃっておられましたが。
宮崎:
たしかにそう思います。同じものをやるならまだしも機能も違うし、環境状態も違うし、それを入札制で競わせるのは、医療と一緒で安かろう悪かろうですよ。
鋤納:
そうなんですよ。公共建築は市民の為のもので非常に大事だというが、そうであれば、その設計者を選ぶ事は非常に大切だと思うのです。それを金銭の多寡で設計者を決めるのはおかしいと。やはりコンペ、プロポーザル等で、どの設計事務所がどんな仕事をやってきたかという情報をもとに、選んでいただきたいと我々は主張しています。ただ、設計者を決める時に議員さんが絡んだりすることがある様ですので、議会対策として、役所としては入札をせざるを得ないという事情もある様です。
宮崎:
それなら、市民の代表や学識経験者、議会代表も入れた委員会をつくって、選任をしてもらうというのはどうでしょう。もっとオープンにして、そこで議論して決められたほうがいいじゃないですか。
鋤納:
ぜひ、そうして頂きたいのです。その上で審査の過程や結果を公表してほしいと私達は願っています。
文化財の保存問題と設計界の主張

宮崎:
話は変わりますが、昭和の初期に国会議事堂ができてちょうど50年が経ちました。歴史的建造物を文化遺産として保存する事などは、文化庁が力を入れていますが。
鋤納:
文化財登録制度と、その保存に協力してほしいという要請がJIAにもきています。ただ日本では古い建物を保存するのはなかなか難しい。同潤会アパートなどは壊されそうですしね。
宮崎:
東京駅は保存しているでしょうし、明治生命の建物も改装しましたが、表のほうだけは残してあります。国が補助金を出して面倒をみれば、何とか保存していけると思いますが。
鋤納:
街並み保存に関して言うと、まだ基準がないですね。
宮崎:
そうですね。区画整理とか、いつも問題になる。
鋤納:
やっぱり学識経験者などを入れた委員会をつくって選定していただきたいですね。ところで、医師や弁護士の世界にはその代表として、ちゃんとした国会議員の方がおられますよね。建築の設計界には、その様な後ろ盾をして下さる先生はいないんです。
宮崎:
建築家の方々というのは、建設関係というジャンルには入っていないのですか。
鋤納:
建設関係といっても、例えば専業設計事務所とゼネコンとでは立場の違いから完全に一線を画しています。ただ、個人の立場ではお役人も、ゼネコンの人も、専業設計者も、民間会社の営繕などの部門の人も皆それぞれ建築士会や建築学会には入っております。
宮崎:
医療の世界では、例えば医師会というのは医師個人の団体なんです。だから、勤務医も開業医も個人で入っている。そのほかには全日本病院協会というのがあり、これは病院の院長が入っているんです。しかし、いろいろあっても、もとは日本医師会が一本でやっている。いろいろな団体があるとまとまらないですからね。
鋤納:
そうなんです。本当は建築の設計を専門にする人たちの資格を医師や弁護士のように法制化してもらえると一番良いんです。
宮崎:
この件の主管官庁は建設省でしょうな。彼らもある程度、政治を離れていては何もできない。あまり専門家集団にすぎる場合、疎いのかもしれませんね。
鋤納:
第三者の立場で、われわれが考えている建築家の職能の確立を認めて下さる方がぜひとも必要なのです。
宮崎:
そういうことなら、専門の建設関係の人が主体でやるよりは、全く第三者の人たちが議員連盟をつくって、建設関係の人にも入ってもらうという形で、サポートするシステムをつくるのも一つの方法ですね。
鋤納:
ぜひお願いしたいと思います。先生は以前に、建築家協会はもっと主張すべきことを主張しなければいけないとおっしゃられていましたが、仮にいくらわれわれが主張しても、設計界のエゴとして受け取られかねませんので。
宮崎:
主張する場面をつくらなければ駄目です。主張する受け皿がなければ、いくら言っても犬の遠吠えで終わってしまいますからね。それと国民一人ひとりの建築家に対する認識があまりに足りない。例えばある建物を見て、この建物はいいね、どこが設計したの?という話はなかなか出てきませんからね。
鋤納:
そうなんですよ。外国ではそういう事は普通に話されるんですが、日本では“何組が建てたの”という話になる。私どもは、ジャーナリズムに設計者の顕彰をもう少しちゃんとやってくれと頼むんですが、例えば大手の新聞社などは、設計者の名前は出さないことに決めている様なんです。
宮崎:
おかしな話ですね。それは知る権利を侵害している。
鋤納:
特定の企業の宣伝になる事はやらない、という訳です。
宮崎:
ところで、一宮のタワーは鋤納さんがやったんですね。スッキリしていますね。(伊藤建築設計事務所の作品集を見ながら…)作品の一覧表には、コンペで落選したものも載せているんですね。
鋤納:
どんな案を出したか、というのは大事な事だと思っているからです。
宮崎:
この、一宮の総合卸売市場というのは。
鋤納:
これもコンペで当選したものです。コンペは当選する確率が1割か2割という熾烈な闘いを毎回やっている訳です。しかし、伊藤建築設計事務所として出す以上は、ちゃんとしたものを出さなければいけないと思って頑張っております。
宮崎:
建築設計というのは、絵を描く事と同様にセンスですね。勉強してある程度のところまではいけても、そこから先は天性のものだと思うのです。そういう点で鋤納さんのような方のアイデアが必要になる。それと、最近はコンピューターやインターネットの時代になってきましたね。実際に設計事務所でそういうものは使っておいででしょうが、我々の感覚では、もう若い者にはついていけないですね。しかし鋤納さんは、現在でもそういった人達を引き連れてリーダーシップをとっていらっしゃる。私はご尊敬申し上げますよ。さらなる飛躍を期待しております。
鋤納:
お褒めいただき有り難うございます。建築家協会のバックアップをぜひお願いしたいと思います。
宮崎:
私も微力ですが、何でも出来ることはやらせていただきます。
鋤納:
本日はお忙しいところを大変有り難うございました。
宮崎 秀樹(みやざき ひでき)
昭和 6年
愛知県生まれ。
昭和37年
東京医科大学大学院修了。
昭和40年
稲沢市に宮崎外科を開設。
昭和61年
参議院議員に初当選。環境・労働政務次官、自民党副幹事長、参議院内閣委員長等を歴任。現在、参議院決算委員長。自民党 脳死・生命倫理及び臓器移植問題に関する調査会長、障害者に関する特別委員長、医療基本問題調査会副会長、日本医師会代議員、医学博士。
鋤納 忠治(すきのう ただはる)
昭和 6年
大阪府生まれ。
昭和29年
京都工芸繊維大学工芸学部建築工芸学科卒業。同年日建設計工務(株)〔現(株)日建設計〕入社、名古屋事務所勤務。
昭和42年
(株)伊藤建築設計事務所設立・入社。
昭和58年
同社代表取締役社長
平成 9年
同社代表取締役会長、現在に至る。
名古屋大学・豊橋技術科学大学非常勤講師、日本建築学会評議員、日本建築家協会理事・東海支部長を歴任。