伊藤建築設計事務所で学んだこと、教育研究・まちづくり活動への展開

細田智久 米子工業高等専門学校建築学科 准教授 博士(工学)

 24〜25歳と若かった私が伊藤建築設計事務所で受けた刺激量は大きなものでした。東海道新幹線から国営木曽三川公園のツインアーチ138を見る度に、伊藤建築設計事務所のことを思い出します。

1:伊藤建築設計事務所に期待すること

 2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震や鳥取県中部地震、日本は地震活発期に入ったと言われています。伊藤建築設計事務所には30年先の顧客の満足度を高める耐震性・安全性・快適性を持つ建物づくりを続けていただきたい。また、今後は人口減・高齢化に対応したコンパクトシティへの転換に向け、立地適正化計画による市街化区域内への都市機能や居住の誘導区域が設定されつつあります。これに伴う公共施設の集約化、集住化には住民合意形成が欠かせず、総合的な企画力にも期待しています。事務所OBとしてはメジャーな建築雑誌に作品掲載されて欲しいなと思うときもあります。
 一方で、設計・建設業界は長時間労働体質ですが、「人柄と技術力が周囲の信頼を育んで会社の持続性を生む、そして、持続性が再び人・技術を高める」と思います。IT系企業では若い人材を大切にし、会社による食の充実やリフレッシュ機会の提供も見聞きします。ワークライフバランスを高めることが大切です。

2:設計を志す学生や若手建築士に期待すること

 現在は「モノのインターネット」といった第4次産業革命の只中にあり、建築で言えば設備系の技術革新やコストアップが一層激しくなると予想されます。若手の方々は変化に対応できるよう、根本は大切にしながらも、顧客要望に対して柔軟にプラスマイナスできる適応力が求められます。
 建築の人材育成は、少子化、理系離れ、工学部の偏差値低下、建築士試験の高難度化といった困難な時代に突入しています。最先端AIやロボットといった動くものの魅力が高まっていますが、建築は内部で生き生きと人が動くためにあります。建築と人は互いを高め合えること、最新技術と建築が融合できることを我々教育側も伝えていく必要があります。
 設計を志す学生には、美しさへの感性を磨き、ベースとなるリサーチ力を養い、分野の好き嫌いを超えて知識を吸収して欲しいです。特に「リサーチを惜しまない積極性」が大切です。リサーチを通じて作ったステージはしっかりと固まりますが、デザインなどの演目は状況に応じて変わっていきます。

3:伊藤建築設計事務所勤務前後の出来事

 ここでは伊藤建築設計事務所と私との関わりをご紹介します。
1)愛知県設楽町立設楽中学校との関わり 私は豊橋技術科学大学建設工学系の渡邉昭彦教授の研究室に学部3年から修士2年まで所属しました。渡邉先生は設計デザインと建築計画研究の両方をされ、私が修士1年の頃から設楽中学校の基本計画づくりが始まりました。初めて具体的な計画をする経験となり、渡邉先生や野澤隆秀助手の指導で、中学校の先生との打ち合わせも重ねながら1年がかりで基本計画をまとめました。そして、伊藤建築設計事務所がこの実施設計や監理をされることになり、一連の経験はその後の学校研究の大きな糧となりました。
2)伊藤建築設計事務所採用面接の思い出 1998年から2000年にかけて大変な就職氷河期でした。1998年春、渡邉先生に推薦状を書いていただき、伊藤建築設計事務所の採用面接試験を受けました。面接では、当時会長の鋤納忠治さん、社長の織田愈史さん、副社長だった森口雅文さんらがおられ、設楽中学校基本計画、卒業設計などの図面と模型を説明して内定をいただき、夏には実習もさせていただきました。
3)伊藤建築設計事務所で学べたこと 1999年春の同期は三重大学出身の上西真哉さんと私の2名でした。現社長の小田義彦さんの設計チームに入り、自分の知識不足にショックでしたが大学先輩の澤村喜久夫さんや南谷武志さんらにディテールや法規を一から教えていただきました。ふれあいドーム岡崎、新守山商業施設、御幸ビル改修などの設計監理補助とともにプロポーザルにも参加しました。特に「名古屋市千種文化小劇場(ちくさ座)」プロポでは小田さんに直接ご指導いただき、当選した喜びは忘れられません。当時の名古屋事務所は1フロアーで40人規模、所員全員の様子が分かるよい環境でした。
 2000年1月には大学後輩の妻と結婚しました。入社1年目の結婚でしたが事務所のみなさんに祝福していただき、今でも感謝しています。3人の子宝にも恵まれました。
4)伊藤建築設計事務所から豊橋へ 渡邉先生からお話があり、2000年8月末に伊藤建築設計事務所を退社し、豊橋技科大助手となりました。先生には博士論文テーマとなる米国学校調査に参加させてもらい、研究指導をしていただきましたが、なかなか論文成果を出せず、2008年3月の博士取得までご心配をおかけしました。その頃ちょうど伊藤建築設計事務所の川本直義さんが名古屋大学で博士取得を頑張っておられる姿に励まされ、伊藤建築設計事務所OBの名古屋市立大学鈴木賢一先生の海外学校研究も参考にさせていただきました。

4:米子高専での山陰に根ざした教育研究・ストックを生かしたまちづくり

 2009年4月に母校米子高専へ転任し、本科5年・専攻科2年の16〜22歳の学生を教育しながら、研究や計画を行なっています。2016年度末までに38名が研究室を巣立ちました。学生には、ポジティブに考えて努力を継続すること、自分の中に他者を育て行動を客観視すること、メモをとることを基礎として繰り返し教えています。
 伊藤建築設計事務所での実務経験を生かし、学生には実際に建設される駅の待合、屋外トイレ、保育園遊具だけでなく、オフィス改修の基本デザインなどに毎年参加させています。計画の進め方、利用者の要望を把握する方法、複数の計画案の用意など、伊藤建築設計事務所で経験したエピソードも語りながら指導しています。最新計画が「島根県隠岐の島町空き家活用」です。住民ワークショップを行いながら、築100年の古民家の耐震化を含めた改修が2017年3月に完了しました。1階を地域交流スペース、2階をお試し住宅として活用予定です。改修は学生にとって関係する人々の古くからの思いをすくい上げる面白さ、改修前後の変化の分りやすさがあり、新築とはまた別の喜びがあります。

5:伊藤建築設計事務所の未来へのエール

 近年、建築は自動車や家電並みの品質を期待されています。伊藤建築設計事務所は民間物件の多さも特徴だと思います。民間顧客の厳しい目にもかなう技術力を今後も維持向上され、発展されることを祈っております。

細田智久(ほそだともひさ)
博士(工学)
米子工業高等専門学校建築学科 准教授
1974年島根県生まれ。1999年豊橋技術科学大学大学院工学研究科修士課程修了後、伊藤建築設計事務所入社。2000年豊橋技術科学大学工学部建設工学系助手、2009年米子工業高等専門学校建築学科 講師を経て、2011年より現職