ホーム > ライブラリー > 234号(1992年12月)> 伊藤建築設計事務所に期待する

前へ

伊藤建築設計事務所に期待する
山根 正次郎

名古屋市中区桜通。日本の経済界の一翼を担う中京ビジネス街の忠誠んである。伊藤建築設計事務所は1967年創立以来その一角を占める日経錦別館にあったが本年(1992年)5月に近接した名古屋センタービルに移り今日に至る。12月1日には25周年を迎えるという。四半世紀の激動のうちにたくましく生きつづけてきたわで心からおめでとうと申し上げたい。鋤納社長によれば現在所員数は80名を超え早くから東京にも進出、さらに関連会社「セントラル技術センター」を擁しての目覚ましい活躍ぶりである。
むかし、名前は忘れたがある有名な建築家が「建築事務所は小さい経営は楽だがちょっと規模の大きい仕事をこなすには無理だし世間の信用を得にくい。良いところ40名ぐらいが適当ではなかろうか」と云っていたことを思い出すがその後の建築の質の複雑化や規模の大型化などを考えると今なら100名前後にあたるのではないか。現在の伊藤事務所はちょうどそれくらいの陣容をもっていて鋤納社長の主張する個人能力を十分に生かし、組織化に偏した硬直性を避けた経営の結果、事務所の空気はアトリエ風な自由闊達性と組織的な効率の良さを兼ね備えた好ましい肌ざわりをもっているのではないかと連想される。
ところで伊藤事務所を語るとなると、どうしても創立者伊藤紘一さんのことにふれざるをえなくなる。伊藤さんはもと日建設計の社長として敏腕をふるった人だが、社長を定年退職したあと閑職にあきたらなかったのか日建設計名古屋事務所の子飼いの所員数名を率いて自らの出身地でもある名古屋に新しい天地を求めて新事務所を設立した。古くから「建築家はひとり人を傭えば建築家ではなくなる」などといわれるが建築家が事務所をもつとひとり自らの創作活動のみに没頭できなくなり、経営上の気配りは勿論政治的能力さえも要求されてくるのは当然で、事務所の規模が大きくなればなるほどその比重は大きくなる。伊藤さんの仕えた故竹腰健造先生のようにこの両面の能力を兼ね備えた建築もないことはないが、多くの有名建築家は事務所経営を支えてくれる有能な協力者を得ることによって、ひたすら創作活動に打ち込むことができたといえる。往年の長谷部竹腰建築事務所をはじめいくつかの事例を私たちは知っている。
伊藤さんの若き時代。競技設計に挑戦するなど情熱ある建築家であったが同時に経営者として非凡な才能をもった稀有の例であり、その実力は日建設計において遺憾なく発揮された。それまで大阪を根拠地としていた日建設計がまず東京に進出、さらには北海道から九州に至まで全国に大発展をとげたのも伊藤さんの力が多いに役立ったといえる。そして当時の日建設計の優秀な若い所員たちの才能を認め、教育して多くの健全なすぐれた建築をつくりだしていった。現伊藤事務所の鋤納社長その他の幹部諸君の多くは、当時の若い所員たちの輝かしい存在であった。
伊藤さんは日建設計の前身である長谷部竹腰建築事務所時代から、幹部所員として竹腰所長の薫陶をうけた。竹腰先生はすぐれた学識と創作力をもった大建築家だが、特に建築家に最も必要で大切な倫理観に極めてきびしい信念をもっていた人であり、それは当然伊藤さんの建築家としての心の核となっていた筈である。最近建築界も社会的需要の変貌、生産過程の改革等によってひと昔前とはさまがわりしてきたように見える。この現象面の変化に目を奪われて「古典的」建築界像も一変したと早合点すく向きもあるようだが、実は社会の組み立てられ方や、それに対応する手段が変わっただけであって、その中での建築家の社旗的基本姿勢はいささかも変るべくもないのである。このことは建築家の業務が単体建築の設計から集団、地域の企画へと拡大され、さらに進んでデベロッパー的業務に踏み込んで行ったときでも一貫して保持されるべきプロフェッションとしての鈴なのである。ところが最近この正しい建築家の倫理観にてらしてあるまじき行為が伝えられ、しかもそれが時に施工業者への姿勢において信じられないような顰蹙すべき様相を見せているという。
いうまでもないが社会が建築にかに期待するところはデザインの優秀さもさることながら生産工程の上で常に公正にふるまうことだけに対する強い信頼性にある。だからこそ建築家が確かな正しい倫理観をもつことが重要な要件となってくるのだが、最近のいかがわしい噂話を耳にするとこれはどうやら倫理観に背くというよりも倫理というものを全く意識していないか、あるいは似ても似つかぬ特異な倫理観をもっているのではないかとさえ思われてくる。余談になるが建築家の唯一の団体である「JIA」は対外活動もけっこうだが、まず足もとの自浄作用に力を入れるべきではないのか。
私はきびしい指導者であった竹腰先生に育てられた伊藤さんの倫理観は脈々として現在の伊藤事務所にうけつがれていることを信じて疑わない。
また鋤納社長は建築完成後のメンテナンスについて真剣に取り組んでいると聞く。竹腰先生はよく「建て逃げ」いましめられたが完成後の建築の面倒をよくみるということはおろそかになりがちだが、建築家の責任として大切なことだと思う。このことも伊藤建築設計事務所の信用を高めている一因だろう。
さきに25周年を目前にして伊藤事務所は作品集を刊行した。さすがに初期の作品はやはり日建設計名古屋事務所の作風が尾をひいているように見えるが年を重ねるにつれて少しずつ新しい血がまじってきているように感じられる。そしてその基盤には長谷部竹腰事務所以来の倫理観、建築観が創立者伊藤さんを通じて事務所の信念としてゆるぎなく存在し、25年の間社会の信頼を得てきたのであろう。鋤納社長は囲碁の名手であると聞く。その棋風は攻撃型か守勢型か碁にうとい私にはわからないが、おそらく機に応じて両方を兼ね備えているのではないかと思う。キラリと光る閃きを内に秘めながら、奇をてらわぬ建築の本質を正しく見据えた姿勢を堅持して、さらに大成していってほしいものと心から期待したい。

前へ

このページのトップへ