ホーム > ライブラリー > 234号(1992年12月)> 伊藤建築設計事務所に期待する

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伊藤事務所と鋤納社長の計画論
柳澤 忠
名古屋大学工学部教授

私が鋤納社長にお勧めしている出版の話を御披露したい。それを私は「伊藤・鋤納計画論」と考えている。それは外観写真の多い作品集ではない。建築家独特の難解な芸術論でもない。豊富な伊藤事務所・鋤納さんの作品を、多くの平面図や断面図に計画意図を付けて示した、独特な計画説明書なのである。
私がお勧めするまでもなく、伊藤事務所は計画説明が得意である。昭和44年から始まった中部建築賞では、伊藤事務所の応募資料が他の資料を圧倒していた。昭和48年・49年の当時若手審査員?だった私には実に印象的であった。身勝手な長い文章と折り込まれた見にくい実施図面の多い資料の中で、伊藤事務所の資料は図面は分かりやすく簡潔な説明文が図面上に書かれていて理解しやすかった。資料の作り方が優れているが、それは理論的に計画・設計されていたから出来たことで、思いつきや感覚だけの仕事ではないことを証明していた。
施主は建築家に計画を期待している。しかも、事前の十分な説明をもとめている。「建築家は他人の金を己の芸術実現に勝手に使うのではないか」と施主は警戒している。勿論、素人に考え及ばない芸術的な空間を期待してはいるだろうが、施主が納得出来る計画を実現した上での話である。最近、医者と患者の間で「インフォームド・コンセント」つまり十分な事前説明と合意が重視されている。専門家におまかせではいけない。病気を克服するのは患者自身の気力・知識・努力であり、専門家たる医療はあくまで協力者だという考え方が基礎にある。建築家と施主の関係でも、医者と患者の関係に似ている。建築を使いこなしていくのは施主であり、建築家は協力者である。最近、居宅者参加が話題になり、POE(入居後評価)調査の結果がコンペの要綱に盛り込まれるケースが話題になったのと共通している。
「建築の計画」とは何か?「その建築で展開される生活を予測し、生活展開に最適の建築空間をあらかじめ決めること」ではないかと私は考える。生活には住宅内の家族生活もあれば、病院の手術室で患者の手術を執刀する生活もある。良い建築家は、より好ましい生活と施主にあった生活を予測する能力を持ち、その展開に対する最適解を決める能力を持ち、さらにそれを施主に説明して施主の判断力を誘導し向上させる能力を持っている。従来の生活のままでは新しい建築を創る意味が無い。悪い建築家は、多彩な生活を知らず、生活と空間の対応関係を知らず、施主には説明出来ない。
最近、「ファシリティマネジメント・FM」が注目されている。私はこれを「施設を活かす総合戦略」と定義している。施設を活かすとは、生活の最適解を組み立てることであり、設計施工だけでなく、企画から運営までの長期的な戦略である。従って、良い建築家はファシリティマネージャーになれる。計画概念の拡大である。伊藤事務所は従来からFMを実践している。
話を出版に戻そう、私が考えている「伊藤・鋤納計画論」は、若き日の鋤納社長の東海銀行本店計画から話は始まる。広小路通りだけでなく、当時計画中だった錦通りも重視して2方向からのアプローチを想定し、メインカウンターが通りに対面せずに直行する独特な計画である。しかも中央の列柱を止めて吹き抜けを創った大胆な計画であった。将来の都市レベルの生活予測と、従来の銀行に無かった最適解の提案である。東海銀行本店以後は、多彩な計画が陳列されるだろう。大いに期待できる。まさに教育的である。


柳澤 忠(やなぎさわ まこと)
1931年生まれ。
1957年 東京大学工学部建築学科卒業。同大学院終了。久米設計、東京大学助手、名古屋大学助教授を経て、1975年から名古屋大学工学部教授、現在に至る。日本建築学会東海支部長、愛知県文化会館コンペ審査委員等を歴任。工学博士。著書に「ファシリティマネジメントの実際」「建築計画-計画・設計課題の解き方」等がある。

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