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次の30年に向かって
鋤納忠治

伊藤建築設計事務所は本年12月1日をもって満30年を迎えることになる。世の中も設計界も、いまやまさに変革の時代にあると言えるが、当社もここへきて将来に向かって脱皮を計っていかなければならないと考えていたこともあり、社内の人心を一新する意味でも、この3月にトップの交代を断行した。
織田愈史新社長はこれまで主に東京事務所を率いてきたが、誠実な人柄で、建築に対する情熱も並々ならぬものがあり、まさに当社の将来を託すのにふさわしい人物である。こうした継承ができるのは、アトリエ事務所にはない当社の特質かも知れない。
毛利元就の「三本の矢」の例えではないが、当社では、創業時私を含めて一番若かった5人(当時5人の侍といわれた)が、爾来30年間、一糸乱れずパートナーシップを発揮してきた。殊に後半の十数年間は、この5人が核となって事務所を運営してきたといえる、このことが当社にとって何よりの強みであったことは自他共に認めるところである。これ迄は私がその神輿の上に乗せられてきたようなものだが、今度は乗り手が代ることによって、これ迄とは違った、今迄にできなかった新しい可能性が期待できるものと信じている。そしてこれからは、徐々にかつぎ手も代っていかなければならない。
織田社長は、ここ数年の間に、次の世代への継承を進めたいとの意向を表明している。当社は設立当初から総合的な設計事務所を目指して、各分野の専門家を育てる努力をしてきた。現在技術系職員は名古屋約50名、東京約30名で相互に交流してやっている。
振り返れば、この30年間で、約1,100件の建築を設計監理してきたことになる。改めて多くの建築主の方々への感謝の気持を捧げると共に、その建築に対する責任と社会的責任の重さを感じざるを得ない。その責任に応えるためにも、私たちの事務所は健全に持続させていかなければならないと考えている。
設計事務所は、殆どの仕事が新しい建築物を設計して、完成引渡したらそれでおしまいという場合が多いのではなかろうか。当社では幾つかの建築物のメンテナンスについてコンサルタント契約をしており、建築主から喜ばれている。そうした経験は、設計にフィードバックされるので非常に大事なことであると思っている。これ迄当社が設計した建築には、10年目位ごとに増築されるようなケースが多かったが、最近ではリニューアルも増えてきた。こうしたことに、きちんと対応していける態勢をととのえていくことも必要である。
かつてある高名な建築家が、「一度仕事の依頼を受けたクライアントから、二度と仕事が受けられないのが、建築家として最大の恥辱である」という話をされたことを憶えている。私は設計事務所の仕事は、完成した建築がクライアントに満足してもらえなければならないことは当然のこととして、そこに至る過程や、後々のフォローがそれにも増して大事だと考えている。官・民を問わず、当社の場合は割合に継続的なクライアントに恵まれているが、それだけに絶対に信用をそこねるようなことがあってはならないわけで、そうした取り組みこそ、当社の持続可能のための重大課題だと考えている。
今回の特集号では、最近5年間の当社の仕事がまとめられているが、その他に特筆すべきことに阪神・淡路大震災がある。私たち設計界にとっても大変なショックであった。天災とはいえ、建築界全体に今後大きな責任と課題が残されたのではないかと思われる。(尚、当社で設計した「東海銀行三宮支店」や「東邦レーヨン深江社宅・寮」は殆ど構造上の被害は受けず、建築主から大変喜ばれたことを附記しておきたい。)震災直後からは、当社でも耐震診断の依頼がひきもきらず、特に構造技術者は大忙しの状態が続いている。そんな中で随分昔のクライアントからの依頼などがあると、やはり事務所を持続させていかなければならないと痛感させられる。
課題は山積みしているが、今後とも設計事務所としての責任を、正しい論理観を見失うことなく、果たしていきたいと願っているところである。

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